ビブラートの正体
〜sin波をさらに揺らすと〜
サインカーブ の, や を時間とともに揺らしてみたら,どんな音になるでしょうか。そして,それと同じことを電波でやると何が起きるでしょうか。
音はサインカーブ
声や楽器の音を波形で見ると,なめらかに上下するサインカーブになっている。
- 縦方向の大きさ = 振幅。大きいほど音が大きい。
- 繰り返し1つ分の横幅 = 周期。短いほど音が高い。
- 1秒間の繰り返し回数 = 周波数(単位 Hz)。周期の逆数。

音の高さと周波数の対応は次のとおり(中央のドから1オクターブ)。
| 音 | ド | レ | ミ | ファ | ソ | ラ | シ | ド |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 周波数 (Hz) |
1オクターブ上は,ぴったり2倍
表の左端のド Hz に対し,右端のドは Hz でちょうど2倍。オクターブとは周波数が2倍になる幅のこと。その間を12等分するのが平均律で,半音1つ上がるごとに周波数は 倍される。12回かけると に戻る仕組みになっている。
実際の楽器の音は,サイン波ではない
ピアノの「ド」の波形を見ると,きれいなサインカーブではなく少し尖った形をしている。これは基音()に加えて,その整数倍の周波数(倍音)が混ざっているためである。中央のド(261.6 Hz)なら,2倍の 523.3 Hz は1オクターブ上のド,3倍の 784.9 Hz はさらにその上のソ。メインのドに,高いドやソがうっすら重なって鳴っている。

式で書くと次のようになる。
は各倍音の位相(横方向のずれ)で,次の節で見る「つまみ 」が倍音ごとに付いたものにあたる。倍音どうしの位相のずれは波形の見た目を変えるが,耳はほとんど聞き分けられない。音色を決めるのは係数 の配分である。同じ「ド」でもピアノとバイオリンで違って聞こえるのはこのため。
4つのつまみ
サイン波は式で書くと
と表せる。4つの文字は,波の形を決める4つの「つまみ」にあたる。
| つまみ | 役割 | 波の形は |
|---|---|---|
| 振幅(縦の大きさ) | 変わる | |
| 周波数(横の細かさ) | 変わる | |
| 左右のずれ(位相) | 変わらない | |
| 上下のずれ | 変わらない |

と が「形を変えない」とはどういうことか
を変えても波の上下の幅(振幅)も繰り返しの幅(周期)も変わらない。グラフ全体が上下に平行移動するだけである。音としては,空気の圧力の基準がずれるだけなので,人間の耳には何も変わらない。
も同じで,波の始まる位置(位相)がずれるだけ。ただし位相は「聞こえない」わけではない。2つの音を重ねたときには位相のずれが打ち消し合いを生む。ノイズキャンセリングは,外の音とちょうど逆位相( を半周期ずらした波)をぶつけて音を消す技術である。
つまみを時間で動かしてみる
ここからが本題。「 や の数値を揺らしてみたら,どんな音になるだろう?」
振幅 を揺らす ── トレモロ
を一定ではなく,ゆっくり上下させてみる。
波形の外形(包絡線)が波打ち,音量が周期的に大きくなったり小さくなったりする。これがトレモロである。

もとの単音と,振幅を揺らした音を聴き比べます。揺れの速さ と揺れの深さ をつまみで変えられるので,どのくらいから「トレモロらしく」聞こえるかを探せます。
周波数 を揺らす ── ビブラート
今度は のほうを揺らす。波の山と山の間隔が伸び縮みして,音程が揺れて聞こえる。これがビブラートである。

こちらも,もとの単音と聴き比べます。揺れ幅を大きくしていくと,歌手のビブラートから,サイレンのような音まで変わっていきます。波形の「詰まり具合」が場所によって変わる様子も同時に見えます。
「周波数を揺らす」を式で書くには
ビブラートの波は, の中身に を足した形で書ける。
これがビブラートの式である。振幅のときのように文字を置き換えるのではなく( と書くと意図しない揺れ方をしてしまう), の中身=位相のほうに揺れを入れる。
本当に「周波数が揺れている」ことは,位相が進む速さで確かめられる。これを瞬時周波数という。 と書けるとき
上の式では なので
となり,周波数はたしかに中心 のまわりを の幅で揺れている。
AMラジオとFMラジオ
ラジオの AM と FM は
の略である。
ラジオは,音声をそのまま電波にして飛ばすわけではない。音声を,高周波の波 (搬送波)に乗せて運ぶ。AM と FM の違いは,この乗せ方にある。式で見ると,音声 を
のどちらに入れるか,という違いになる。つまりトレモロとビブラートを電波でやったものが AM と FM である。AM は外形が音の形,FM は詰まり具合が音の形になる。

同じ声なのに,AM は音量が,FM は音程が動きます。波形も,AM は外形が声の形に,FM は詰まり具合が声の形になっています。
※実際の電波は,人間の耳には聞こえないくらい高い周波数の波に乗っています。ここでは聴けるように,低い周波数に落として鳴らしています。
今度は声そのものを高周波の搬送波に乗せ,途中で雑音を加えてから,受信機で元の声に復元します。
雑音を強くしていくと,AM は雑音が振幅(=声の情報)に残るので,復元した声がガサガサに崩れます。FM は受信機が振幅方向の変動を捨てるので,声が粘ります。
録音した自分の声(またはサンプル)を,可聴ブザーに乗せ換えて鳴らします。同じ声でも AM は音量が,FM は音程が 声の起伏どおりに動きます。さらに雑音を足すと,AM はガサガサに崩れ,FM は粘る様子が聴き取れます。
AMは kHz,FMは MHz
日本の AM ラジオは 531〜1602 kHz(中波),FM ラジオは 76.1〜94.9 MHz(超短波)の電波を使っている。ラジオの周波数表示が AM だけ kHz なのはこのため。たとえば NHK AM(東京)は 594 kHz,TOKYO FM は 80.0 MHz——FM の搬送波は AM の 100 倍以上速く揺れている。
ちなみに,乗せ方と周波数帯は本来別の話で,組み合わせは自由である。実際,飛行機の無線は FM 放送より高い周波数帯で AM を使っている。FM 放送が高い周波数帯にいるのは,周波数を大きく揺らすぶん 1 局あたり広い幅(約 200 kHz)が要り,中波帯(全体で約 1 MHz)では数局しか入らないからである。
なぜ,音をそのまま飛ばさないのか
(1) アンテナが長くなりすぎる。 電波を効率よく出すには,アンテナの長さが波長 と同程度(実用上は 程度)必要になる。波長とは電波が 1 回振動する間に進む距離のことで,電波の速さ (光の速さと同じ)を周波数 で割って求まる。
なので,人の声の中心 をそのまま電波にすると
でも km のアンテナが要る。一方 AM ラジオの MHz なら m,FM の MHz なら m で, は 1 m 弱。手に持てるサイズになる。
(2) 全員の声が重なってしまう。 音をそのまま飛ばすと,どの局も同じ周波数帯を使うことになり,受信側で分けられない。局ごとに違う高さの電波に乗せておけば,周波数の違いで選び分けられる。これが選局(チューニング)である。
そして現代の通信へ
AM は振幅に,FM は周波数(位相)に音を乗せた。スマホや Wi-Fi など現代の通信は,両方に同時に乗せる。AM のつまみと FM のつまみを,一度に両方回すのである。
ここで扱う波は,音声そのものではなく,データを運ぶための電波である。送る電波は振幅 と位相 の 2 つで決まり, と書ける。これを加法定理で開くと
となる。周波数 は固定したまま,90°ずれた 2 本の波 と に,それぞれ振幅 と を与えて足した形である。つまり,振幅と位相の組 を決めることは,数のペア ——平面上の 1 点——を決めることと同じ。波を 1 つ選ぶことは,平面の点を 1 つ選ぶことにあたる。
なお,周波数 は選択の対象ではなく,通信のあいだ固定されている。 が決めるのは,どの周波数帯(チャンネル)を使うかである。ラジオの選局と同じ役割で,Wi-Fi なら 2.4 GHz 帯や 5 GHz 帯がこれにあたる。情報を運ぶのは と のほうである。

もう一つ,ラジオと現代の通信では乗せるものが違う。ラジオが乗せた声は,なめらかに変わり続ける量(アナログ)だった。現代の通信が送るのは写真やメッセージなどのデータ,つまり 0 と 1 の列(デジタル)である。0/1 を伝えるだけなら,波を連続的に揺らす必要はない。決まった波を使い分ければ足りる。
そこで,振幅と位相の組合せを変えた波をあらかじめ有限個用意しておき,一定時間ごとに 1 つずつ選んで送る。どの波がどの 0/1 に対応するかは,送り手と受け手で先に取り決めておく。たとえば 4 種類なら——大きい振幅でそのままの位相の波なら「00」,大きい振幅で反転した位相なら「01」,小さい振幅でそのままなら「10」,小さい振幅で反転なら「11」。受信側は届いた波がどれかを見分けて,取り決めどおりに 0/1 へ戻す。1 回の選択で 4 通り=2 ビット,16 種類なら 4 ビットが伝わる。この方式を QAM(Quadrature Amplitude Modulation,直交振幅変調)という——90°ずれた 2 本の搬送波それぞれに振幅を乗せる,という名前である。Wi-Fi 6 と呼ばれる規格では 1024 種類の波が使われる。それぞれの波に 10 桁の 0/1(0000000000〜1111111111 の 通り)が割り当てられているので,波が 1 つ届くたびに「1011101110」のような 10 桁ぶん=10 ビットが読み取れる。

トレモロとビブラートから始まった「つまみを揺らす」話は,いまもスマホの中で絶え間なく続いている。